2014/8/12
2014年8月12日 過ぎ去っていく日々の記録 コメント (2)アルバイトの帰りに映画を観に行き、立ち食い蕎麦屋で多分天ぷら蕎麦を食べながら、店内に流れるNHKラジオのニュースを聴いていたら、最後に「只今入りましたニュースです。東京発大阪行き、日本航空123便の機影がレーダーから消えました」というのが、第一報。
帰宅して深夜までテレビを観て、翌朝、バイト先の某新聞社に行ったら、それまで見たことがないくらいの記者が出勤していて、あちらこちらで大声が飛び交う。
3日目くらいには、八角形の大きな机(これに張りついているから、デスクという)に突っ伏して寝ているデスクがいたり。
1週間目くらいには、昔懐かしおぶいひもに赤子をくくりつけ、幼子の手を引いた、記者の奥さんが着替えを届けに本社2階の受け付けに来てた。
今朝は今朝で、ラジオで訃報を聞く。こういう風に亡くなる人の訃報を聞くと、周囲の人間の衝撃と哀しみと、「自分は無力だ」という自己嫌悪を想う。
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帰宅して深夜までテレビを観て、翌朝、バイト先の某新聞社に行ったら、それまで見たことがないくらいの記者が出勤していて、あちらこちらで大声が飛び交う。
3日目くらいには、八角形の大きな机(これに張りついているから、デスクという)に突っ伏して寝ているデスクがいたり。
1週間目くらいには、昔懐かしおぶいひもに赤子をくくりつけ、幼子の手を引いた、記者の奥さんが着替えを届けに本社2階の受け付けに来てた。
今朝は今朝で、ラジオで訃報を聞く。こういう風に亡くなる人の訃報を聞くと、周囲の人間の衝撃と哀しみと、「自分は無力だ」という自己嫌悪を想う。
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コメント
事故現場とは違う意味での修羅場を目撃されたのですね。
>今朝は今朝で、ラジオで訃報を聞く。こういう風に亡くなる人の訃報を聞くと、
>周囲の人間の衝撃と哀しみと、「自分は無力だ」という自己嫌悪を想う。
素晴らしい共感性をお持ちだと拝察します。
私の場合、天寿を全うされた方(だいたい80歳以上で亡くなられた方)の
訃報に接しても、たいていは「とうとう亡くなったか」という感慨しか湧いてきません。
そういう意味で、私は権之助さんより冷血漢なのでしょう。
でも、ガザでの虐殺やエボラ出血熱のニュースに接すると、
「自分は無力だ」という自己嫌悪に陥ります。
いえいえ、多分私の方が冷血だと思いますよ。
ロビン・ウィリアムスのことを書いたのですが、こういう亡くなり方は、残された家族に少なからぬ精神的影響を与えます。おそらく残りの人生に渡って。
そういうことを書いたつもりでした。
しかし自分の親が80歳過ぎると、新聞の訃報の年齢を見て、色々と考えます。
まだ元気なのは奇跡だと思いますよ。