2011/10/31 さよなら広美荘
2011/10/31 さよなら広美荘
我が家の車庫に弟のクルマを入れることになり、自分のクルマの置き場所がなくなったのが3年前の10月。やむを得ず駐車場を探しに近所の不動産屋へ。
以前にも駐車場を借りていたことはあったが、そこは満杯で色々と探してもらったところ、目に留まったところがある。
不動産屋「んー、オタクの近所で空いてるところはないねぇ。あとは国道渡ったここら辺くらいかなぁ」
ワタシ「え、ここ?ここの駐車場が空いてるの?あ、借りる借りる、借ります。」

ここは、広美荘というアパートの1階である。もともと1階には会社があったのだがそこが出て行ったあとにガレージにして、その上にアパートを建てている、というちょっと変則的な建物。

ワタシはここに生まれた頃に住んでいた、らしい。
結婚した父母は、ここで新婚生活を始め、数年後にワタシが生まれた。生まれて数カ月で、現在地に越してきたので、当然ワタシは覚えていないが、幼稚園への行き帰りにはこの前を通っていて、その頃に「あなたは昔、生まれた頃にここにいたのよ」と聴いたような記憶がある。

ここを借りたのは、そういうことを知っていたからだ。

ここは他の駐車場と違って、建物の中のため、直射日光が当たらない。室内の駐車場なので、夏でも車内が熱くなることはなく、埃まみれになることもなく、なかなか快適だった。それでいながら値段は吹きっさらしのところと同額で、自分としては気に入っていた。

そんなお気に入りだったが、ある日突然某大手(でもないか)不動産会社から手紙が来た。ここは、家族が別件で頼んでいたことがあったので訝しんで封を切ると、この広美荘の駐車場を10月一杯で閉鎖するとのことだった。

翌日電話して聞いてみる。
この広美荘というアパートは、もともとは肉屋をやっていた人の持ち物だったのだが、その人が今年2月に亡くなったために閉鎖するとのことだった。

今後どうなるのかを聞いてみると、相続費用を捻出するために売却するだろうということと、ここは道路計画に引っかかっているので、いずれにせよ道路が近い内に通るので、なんにしてもなくなるとのことだった。

そうだ、そういえば、たしかに我が家の横を通る道路計画があった。そのため、近隣の家ではやたらに広い空き地を家の前にとっていたり、高い建物が建てられなかったり、ということがあった。あの道路計画はこのアパートの上も通っていたのか。

そんな話を母にすると、広美荘にいた頃の話を話しだした。まだワタシが生まれて間もない、いや、生まれる前からの話し。
その肉屋の女将さんに可愛がられていたとか、こちらに引っ越してきてからも会うと、私のことを聞いてきたりとか。
また、ワタシが生まれたとき、父が風呂に入りながら「こんにちは赤ちゃん」を歌っていたとアパートの人から笑いながら言われたとか。

きょうだいで、ここのアパートにいたことがあるのはワタシだけなので、思い出を聞いて感慨に耽るのは私しかいないだろうと思う。

次の駐車場は、あっさり見つかった。つい最近まで、別のクルマを置いていたところの隣が空いていてそこを借りることにした。ここは家から近く、国道を渡ることもないので、今までよりずっと楽になる。

昨日、契約を済ませた。

夜になってからやっと出かける気になる。

以前からそうなのだが、休日に出かけるときは昼間ではなく、暗くなってからでかけることがとても多い。普通は明るい内に出かけて、暗くなってから帰ってくるものだ。やっぱりなんかおかしいんじゃないかと思う。

出かけるときは、広美荘の駐車場から出て、戻ってきたときは新しい駐車場に入れることになる。
今までの駐車場が閉鎖されるから、新しい駐車場に移った。ただそれだけのことで、そこに感情の入る余地はなさそうなものだが、この広美荘は、まだ若かった父と母が、そして生まれて間もない乳児の私が住んでいたところである。
当時でも新築ではなかったはずだが、その建物が当時のまま、今も残っている。

ふとアパートを見上げると、夜なのに真っ暗だ。ついこの間まで住んでいたはずなのに、いつの間にか出て行ったしまったらしい。

今までは通りすぎるだけだったが、思いついて、階段を上がってみる。住居の扉は昔のままだ。外壁は塗り直しているから新しく見えるが、建て替えたわけではないから当時のままなのだろう。
このアパートは左右に二つの建物があり、中央部に階段がある作りになっている。その階段の下を抜けると、敷地の反対側に抜けられる。ぐるっと周りを見渡してみる。こういう作りになっていたとは知らなかった。

消し忘れた常夜灯がぼんやりと灯っている。この常夜灯のガラスも、レトロな造作をしている気がする。
どの部屋も真っ暗で、人の気配はない。
建物の前に立って、道路を見下ろしてみる。

生まれたばかりの乳児だった私と、若い父と母はここでこの風景を見ていたんだなぁ、と思う。
昔の写真の父と母と自分を思い出しながら、もう一度眺める。当時の父母は、今の自分よりもずっと若い。

あの頃には、どんなことを考えていたのだろうか、と思う。

この広美荘の下にずっとクルマを置いておきたい、当時の思い出を忘れないでいたい、と思いながらも、それを振り切って新しい駐車場にクルマを入れる。


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