光市母子殺害事件、最高裁は二審の無期判決を破棄 [朝日新聞]
2006年6月20日 時事ニュース
06月20日付 朝日新聞の報道「光市母子殺害事件、最高裁は二審の無期判決を破棄」へのコメント:
妥当というと語弊があるが、これまでの経緯からすると、ある程度は予想された判断。弁論を開くことがわかった時点で、二審の判断を覆す可能性はあり、これまで最高裁が死刑判決を下したことはないから、その意味でも高裁へ差し戻しというのは予想された。
被告弁護人は、「これまでの最高裁の判断から大きく逸脱した不当な判断」とかなんとか言っているようだが、中立的な見方をすれば、これまでの判例、判決、判断を変更した画期的な判断なわけだ。
これまでは、いわゆる永山則夫事件を判例に据えていた。
先日、東京の小田急線高架訴訟でも、これまでの判例とは異なる判決が下されることがあった。原告側(この例では住民側)は、画期的な判断として歓迎していた。
この例をだしたことに他意はないが、要は「立場が変われば評価も変わる」ということが言いたい。
前例を踏襲しない判決を、「画期的な判決」として評価するか、「前例から大きく逸脱した不当不法な判決」としてけなすか、は立場が違えば見方がかわるということのよい例だと思う。
被告本人が友人にだしたとされる手紙の表現を借りれば、「これで死刑はほぼキマリでして、あと7年そこそこで判決は確定して、刑は執行されるだろう」
最高裁のホームページに、判決文が出ていた。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060620163659.pdf
ちょっと抜粋すると、
「冷酷、残虐にして非人間的な所業」
「遺族の被害感情はしゅん烈を極め、これに対し慰謝の措置はまったく講じられていない」
「被告人の罪責はまことに重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をする他ないものといわざるを得ない」
「無期懲役を破棄しなければ(つまり、死刑にしなければ)著しく正義に反する」と看破している。
犯行のあと、隠蔽工作をしていた。被害者は押し入れに、子どもは天袋に隠していた。
財布を持ち出して、その中にあった「地域振興券」を見せびらかしたり、カードゲーム用のカードを、その券で購入していたり、と犯罪傾向は著しい、ともいう。
いわゆる人権派弁護士が弁護人になったが、彼らの主張する事実誤認は間違っている、との内容もある。
7ページと、(判決文としては)短いものなので、ちょっと頑張って読んでみたが、なかなか興味深い。
差し戻された広島高裁にとっては、上司に当たる最高裁から「無期懲役にしたのは不当だ」と言われたら、そりゃ死刑判決を出すしかないよなぁ。無期懲役にするのは、よっぽどの理由が必要だ。
「事実認定は間違っていない」と言われ、「加害者に反省の情なし」と言われたら、死刑判決以外ありえないだろう。
問題は、判決がおりるまで何年かかるか、だ。7年もかけることなく、できれば1、2年程度で、いや、2年も長いか。司法制度改革真っ只中のおり、できれば半年くらいで下してもらいたいものだ。
どうせ弁護人は判決後も抗告やらいろいろとやってくるだろうが、ことごとく却下していただき、被告人にはいつか必ずやってくる刑執行日にむけて日々反省してもらいたい。
毎日、ちょっとした物音で「次は自分の番か」とびくびくする毎日を送ってもらいたい。
被告人(そのうち死刑囚)には、心の準備も身支度もできるだろうが、被害者にはそんな時間さえ与えられなかったのだ。
被害者遺族の本村さんが、テレビでインタビューを受けているのをみるたびに、なんて冷静に、かつ明晰にしゃべる人なのか、と思う。自分がこの立場になったら、こんなに理性的にしゃべることなどできない。
妥当というと語弊があるが、これまでの経緯からすると、ある程度は予想された判断。弁論を開くことがわかった時点で、二審の判断を覆す可能性はあり、これまで最高裁が死刑判決を下したことはないから、その意味でも高裁へ差し戻しというのは予想された。
被告弁護人は、「これまでの最高裁の判断から大きく逸脱した不当な判断」とかなんとか言っているようだが、中立的な見方をすれば、これまでの判例、判決、判断を変更した画期的な判断なわけだ。
これまでは、いわゆる永山則夫事件を判例に据えていた。
先日、東京の小田急線高架訴訟でも、これまでの判例とは異なる判決が下されることがあった。原告側(この例では住民側)は、画期的な判断として歓迎していた。
この例をだしたことに他意はないが、要は「立場が変われば評価も変わる」ということが言いたい。
前例を踏襲しない判決を、「画期的な判決」として評価するか、「前例から大きく逸脱した不当不法な判決」としてけなすか、は立場が違えば見方がかわるということのよい例だと思う。
被告本人が友人にだしたとされる手紙の表現を借りれば、「これで死刑はほぼキマリでして、あと7年そこそこで判決は確定して、刑は執行されるだろう」
最高裁のホームページに、判決文が出ていた。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060620163659.pdf
ちょっと抜粋すると、
「冷酷、残虐にして非人間的な所業」
「遺族の被害感情はしゅん烈を極め、これに対し慰謝の措置はまったく講じられていない」
「被告人の罪責はまことに重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をする他ないものといわざるを得ない」
「無期懲役を破棄しなければ(つまり、死刑にしなければ)著しく正義に反する」と看破している。
犯行のあと、隠蔽工作をしていた。被害者は押し入れに、子どもは天袋に隠していた。
財布を持ち出して、その中にあった「地域振興券」を見せびらかしたり、カードゲーム用のカードを、その券で購入していたり、と犯罪傾向は著しい、ともいう。
いわゆる人権派弁護士が弁護人になったが、彼らの主張する事実誤認は間違っている、との内容もある。
7ページと、(判決文としては)短いものなので、ちょっと頑張って読んでみたが、なかなか興味深い。
差し戻された広島高裁にとっては、上司に当たる最高裁から「無期懲役にしたのは不当だ」と言われたら、そりゃ死刑判決を出すしかないよなぁ。無期懲役にするのは、よっぽどの理由が必要だ。
「事実認定は間違っていない」と言われ、「加害者に反省の情なし」と言われたら、死刑判決以外ありえないだろう。
問題は、判決がおりるまで何年かかるか、だ。7年もかけることなく、できれば1、2年程度で、いや、2年も長いか。司法制度改革真っ只中のおり、できれば半年くらいで下してもらいたいものだ。
どうせ弁護人は判決後も抗告やらいろいろとやってくるだろうが、ことごとく却下していただき、被告人にはいつか必ずやってくる刑執行日にむけて日々反省してもらいたい。
毎日、ちょっとした物音で「次は自分の番か」とびくびくする毎日を送ってもらいたい。
被告人(そのうち死刑囚)には、心の準備も身支度もできるだろうが、被害者にはそんな時間さえ与えられなかったのだ。
被害者遺族の本村さんが、テレビでインタビューを受けているのをみるたびに、なんて冷静に、かつ明晰にしゃべる人なのか、と思う。自分がこの立場になったら、こんなに理性的にしゃべることなどできない。
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