岡田一成は、おかだかずなりと言う。
彼は、チビで、ぶおとこだった。
ジミー大西から愛嬌をなくしてもっとぶおとこにしたら、岡田一成になる。

彼の実家は墨田区は押上の喫茶店だった。
今でこそ押上といえばスカイツリーのお膝元だが、当時の押上はなんにもないただの浅草の隣の下町だ。
後年、「WAY-OUT」の倉庫でのバーゲンで何回も通うことになるが彼と知り合った頃は未踏の地だった。

今も盛り上がっているのはスカイツリー周辺だけでちょっと離れた商店街はさびれたまま。
あ、「キャプテン サンタ」と「BOAT HOUSE」があるな。
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閑話休題。

彼は紙袋で通学していた。
そしていつもアルバイトニュースを持っていた。今の若い人は知らないと思うが、当時は「日刊アルバイトニュース」というアルバイト情報誌が駅売店で売られており、アルバイトを探すのはこれしかないのだった。
後にリクルートが「FROM A」で殴り込みをかけるが、それはまた別の話。

そう、彼はいつもアルバイトを探していた。学食、サークルボックス、その他あちこちで見かけるときは、いつもアルバイトニュースを広げていた。
金がないのか実家の喫茶店が儲からないのかはたまた兄弟が多いのか知らないが、彼を見かけると、いつもアルバイトニュースと赤サインペンを持っていた。

彼は毎朝アルバイトニュースを買い、よさそうなアルバイトを見つけるとすぐに面接の電話をかける。三つ四つ、時にはもっとかけて面接の予約をするが、実際に面接に行くのはヒトツだけなのだ。
それは面接する側に迷惑だと思うのだが。

そうして見つけたアルバイトは、いつも短期で、1週間、せいぜい2週間のものばかりで、次々とアルバイトを替えていく。
アルバイト探して次々替えるくらいなら、その時間もアルバイトした方がずっといいと思うのだが。

彼に「岡田、時給幾らなら応募するの?」と聞いたことがある。
「最低600円だね」
マクドナルドが530円とか550円だった頃の話である。

しょっちゅうアルバイトを替えるせいで、時にはアルバイト料を受け取りに行く時間がないこともあったりする。
彼に受け取りを頼まれたことがある。

「おい、権之助、頼みがあるんだけど」「アルバイト料を取りにいってくれないか」「今のバイトが忙しくてさ、取りにいけないんだよ」

今の私なら「半額もらうよ」と言って体よく断るか本当に半分もらうのだが、当時おぼっちゃん(ぼっちゃんでなく)だった私はなんともひとのいいことに、学芸大学の「ベルン」という、今はデパートにも入っていたり結婚式の引き出物になったりするお菓子メーカーの事務所までバイク飛ばして取りにいったのである。

https://berne.temiyage-gift.com/?p=21

おそるおそる入っていくと会議中で、「岡田一成のアルバイト料を受け取りに来ました」という怪訝な顔で出してくれた。
これ、実は労働基準法違反。本当は本人に直接現金で払わなければいけない。

そして彼に全額渡した気がするのと、小遣いも手間賃も手数料もくれなかった気がする。あぁなんてお人好しだったんだ。世間知らずもいいとこである。

そんなバイト探しとバイトばかりしていた彼に、やっとよいアルバイトが回ってきた。
某新聞社の原稿係、通称「こどもさん」である。
履歴書を送ってから数カ月、連絡があって働けることになった。

新聞社の本社の編集局での雑用係なのだが、時給1,000円、新聞社だけあって昼勤務、夜勤務、泊まり勤務(といっても26時くらいに終わる)があり、その気になると結構稼げる。
そんな彼は毎日のように出勤して働いた。

しかし、そんな彼を悲劇が襲う。
学費未納で大学を除籍になったのだ。
アルバイトに精を出していて殆ど学校に行っておらず、また家にも帰っていなかったのか、大学からの通知が本人に届かず、親もいいかげんだったのか、学費の督促が本人に届かなかったのだ。
大学の事務は何回も電話したり書類送ったりしたらしいがとうとう期限までに届かず、あえなく除籍となってしまった。何故か除籍の連絡だけは届いたようだ。

新聞社のアルバイトは学籍がないとできないので、こちらも辞めざるを得なくなった。
そんな彼に会ったのは、何故か学芸大学の商店街で偶然すれ違った。
喫茶店に誘うと、除籍になった経緯、復学する方法について聞いた。

聴講生になって何十単位か取れば復学できる。
しかし、正規の学生と違い、一単位何千円を払わなければならない。
通常4単位なので1万6千円。4コマ(16単位)だと6万4千円。
多分これでもまだ足りない。なにしろアルバイトばかりしていて大学なんか来ていないのだ。

彼は、司法試験を受けたいのでなんとしても復学するというのだが、彼がいたのは文学部である。在学中も法律の講義で見かけたことはないし、そもそも大学に来ていない。
そもそもこの学校はレベルが低く、司法試験なんて滅多に受からない。

まぁそれはいいけど、そんな話を聞いて店を出て別れよう、と思ったが帰ろうとしない。店は出たのだがなんか色々言ってきて帰ってくれない。別れの言葉をいくつか言ったはずだが、コイツはしつこくて帰ろうとしない。酒が飲みたいわけではないのだろうが、帰らない、離れない。
「岡田君はね、寂しがり屋なのよ」と言う人がいたが、いや、それにしたって。

迷惑だったなぁ。

その時にはジャパンタイムスでアルバイトしていると聞いた。
新聞のアルバイトが気に入ったのか。

その後、なんかのバーゲンに誘ってくれたのだが寝坊したか遅刻したかで行けなかったことがある。「悪いなぁ」と思い、彼のアパートまで行ったが(なんで知ってたんだろう)、家にいるのに出てこない。扉越しに会話はしているのだが、出てこようとしない。
あの時、私は「あ、オンナがいるから出てこないのだな」と思っていたが、本当はどうだったのだろうか。

それきり、彼とは連絡が途切れた。
復学しなかったし、どこかで偶然会うこともない。

きっとろくでもない生活をしているのだろうと思うし、そうであって欲しい。




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